合格していった生徒たちに、教室での日々を振り返ってもらいました。
それぞれが悩みながらも充実した時間を過ごしたことが伝わってきます。
基礎から本格的にデッサンを学び始めたのは、高校3年生の夏休みに入る直前でした。
それまでは学校の美術の授業で少しかじった事がある位だったので、学科の勉強との両立に不安を感じていました。夏期講習会に突入し、夏休みの半分はフォルムで過ごしました。技術も知識も空っぽの状態だったので、教わる事は全てが新鮮で、1日中絵を描き、休みの日はひたすら勉強の、詰め詰めの毎日でしたがデッサンがあったおかげで、学科の勉強もだらける余裕もなくメリハリがついて、辛さよりも忙しい充実感の中で夏を終えました。その時期私は、デッサンの上手さとはその技術を持ち合わせているのか否かで、決められるものだと、手先を器用に使って描ける人が良い絵を描けるのだと、大きな勘違いをしていたのです。
秋を迎える頃、当然私のデッサンは進歩も無く、その凝り固まった頭のせいで、昨日のコップも今日のコップも同じように見えるはずだと、思い込んで描いていました。しかし、他の受験生の絵を見たり先生と話をする事によって、だんだんと揉み解されていき、そこから鍛えられたのはモチーフをいかに細かい所まで描けるかという技術ではなく、目の前に広がる空間をありのままに感じ、見ることのできる目と、それを表現するにはどうやって描けばいいのだろうと考える頭でした。
これらのものは、デッサンに限ってではなく、この先ずっと生かせる事です。デッサンを通して自分の内面に気づかされ、そして鍛えられていった半年間でした。余計なものにとらわれすぎず、もっともっと柔軟に色んな方向から考えたり、表現ができるデッサンは追い求めれば求める程、新しいものが見えてくる楽しみに満ちたものでした。
私が京都精華大学を志したのは、3年の夏のオープンキャンパスがきっかけでした。
フォルムには2年生の春から通っていて、だたひたすら基礎力をつけていました。
今思えば、この時期の基礎力があったからこそ、志望校の対策もやり易いものになったと思います。また、私はデッサンが大嫌いで、どうすればいいものか悩んだ時期があります。そんな時、先生は「どんな大学を受けるにしても、デッサンは必要不可欠だし、できるに越した事はない」とおっしゃり、私はデッサンの大切さに気付きました。それからは、デッサンの中にも徐々に面白みが出てきて、前ほど嫌ではなくなり、その上水彩においても、形をとったり明暗をとらえる事がスムーズにできるようになり、完成度も上がりました。この時やっと、先生の言葉の意味が分かりました。試験では、水彩を選択しましたがそれからというもの、毎日毎日、描く・描く・描く!!描けば描くほど、大学への思いも強くなります。そして、努力は結果に反映されました。合格。しかも3位。驚きました。
本当に良かった。初めて自分をほめた瞬間でした。諦めずに、逃げ出さない事を教えて下さった先生、友達がいたからこそ、私はピンチをチャンスに変える事ができました!!! 感謝の気持ちでいっぱいです。本当に有難うございました。私は、フォルム生である事を誇りに思います。
私がフォルムに初めて来たのは中3の時でした。デッサンも初めてで基礎も何も分からない私にも、先生は丁寧に教えてくれてデッサンを楽しんで始める事ができました。
ずっと続けていくと、デッサンも嫌になってくる事もありましたが、ずっと続けていたからこそ、その嫌な時期も乗り越えてちょっとづつ成長できたのだと思います。デッサン以外にも高3までの間に、水彩、石膏デッサン、色彩構成、立体、油絵、アクリル、と色んな事をさせてもらいました。ジャンルにとらわれずに、幅広く色んな経験ができた事は、この先も絶対に役に立つ事なので、本当に良かったと思います。また、長くいると他の人の色んな作品を見ることができて、自分の描けてなさに気が付いたり、どんなデッサンが良いデッサンなのか考えさせられたり。高3の時には、お互いの絵を講評し合ったりできたのは、周りの友達が良い人ばかりだったからだと思っています。人の絵を誉めるだけじゃなく、あかんとこはあかんとはっきり言ってくれた友達には本当に感謝しています。
もちろん先生もです。普段は絵について、色んな話をして、進路相談の時は親身になって一緒に考えてくれたり、急な進路変更ができたのも、4年間色んな事をしてきたからです。フォルムで教えてもらった事は、数え切れないぐらいあるけど、今の自分の絵があるのはフォルムで楽しんで受験までの日々を送れたからです。